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オリジナル・二次創作小説や、好きな本の感想を綴るブログです。

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桜涙【25】 温もり

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『初めて、触れた。彼の、温かな心に』



 扉を開けると、朱里は光に包まれ……そして、瞼の裏に光が宿った。
 そっと、瞼を上げる。目に飛び込むのは、太陽の光を反射する、白。

「眩し……」

 驚く程すんなりと声が出た。ゆっくりと上半身を起こし、周りを見回す。
 病室には、朱里以外誰もいなかった。
 あの空間の中で少女が見せてくれた映像と同じ花瓶、同じ花が視界の端に映る。ベッドのすぐ側に、パイプ椅子が開かれたまま置いてある。

(夢じゃ……なかった……?)

 あの映像は、どうやら実際に起きた事だったらしい。
 窓から見える桜の花は、もう殆ど散ってしまっていた。あと数日もすれば、葉桜となってしまうだろう。
 ぼんやりとしながら眺めていると、何の前触れもなく、カラリと病室のドアが開いた。

「ったく、藍里のヤツ……散々からかって行きやがっ……」

 彼の俯いていた視線が、朱里を捉えた。何と声をかければいいのか解らなくて、朱里は竜城をジッと見つめた。

「あかり……?」
「来ないで」

 傍へ来ようとしているらしい彼に、朱里は鋭い声で言い放つ。ぴたり、と彼の足が止まった事にほっとしたのも束の間。

「もう、お前の言葉は信じない」

 竜城は足を速めてあっという間に朱里の傍まで辿り着き、片腕を上げる。
 その手が頬に触れそうになって、朱里は反射的に身を引いた。起きたばかりだからか、能力の制御が上手くいかない。鍵をかけない状態で触れれば、竜城の心を読んでしまう。

(な、に考えてっ……!)

 だが、完全に身を引くよりも早く、竜城の両腕が朱里の体を抱き締めた。強く────朱里の存在を確かめるかのように。

「離して……!」

 竜城の体を押し返す事が出来なくて、心を読んでしまう前にと、言葉で彼を突き放そうとしたのに。

「嫌だ」

 即答されてしまって、朱里は一瞬虚をつかれた。

「……っ、読むわよ!?」
「いいよ」

 最後通告とばかりに朱里が告げると、竜城は反対に静かな声で許可を出してきた。

「いいよ、読んで」
「え……?」
「……今の気持ち、上手く言葉にならないから、さ……」

 抵抗はあった。人の心を自分から読んだ事は皆無に近い。いつもいつも、不意打ちの接触で言葉が流れてきて、そしてそれは、朱里を不快にするばかりだった。
 力強く抱きしめてくる竜城の手が、背中を撫でる。大丈夫だ、と言われているようで、朱里は竜城の心から聞こえる言葉を拾い始めた。
 否、それは言葉ではなくて。竜城の感情だった。
 朱里と接していた時、竜城がどんな気持ちでいたか。夕暮れの教室で、本当に竜城が朱里を心配していた事も、朱里に藍里を殺させたくなかった事も、名前を呼んでさえ引き留められなかった時の事も、その時の心情全てが、朱里の心に入り込んでくる。

「……っ」

 瞳から、涙が零れ落ちた。
 朱里を想う、温かな心。こんな温かい心に接した事など、一海と京佳以外になかった。ましてや、決して有り得ないと思っていた竜城の心だったから、朱里は次々こみ上げてくる涙を止める事が出来なかった。
 静かに嗚咽を漏らす朱里を、竜城の腕がきつく抱きしめてくる。

「バカだよ、お前……頑固にも程がある。どんだけ心配したか、……解るだろ?」

 嘘偽りのなかった竜城の心が、それを証明している。問われた言葉に朱里は小さく頷き、そっと竜城の腕から逃れようとした。

「朱里……?」
「無理、しないで……。私に触れるの、嫌でしょ」

 触れなければ心を伝えられないから、竜城は朱里を抱きしめたのだろう。竜城の心を知っただけで充分だから、もう抱きしめなくていいと告げたつもりだった。
 だが竜城は、悪戯好きの子供のように、にこりと笑った。

「じゃ、無理しなきゃ、このまま抱きしめててもいいんだよな?」
「何……言って」
「なんてな」

 不意に抱擁が解かれ、竜城の指が、朱里の黒髪をゆっくり梳いていく。見えたその髪先がところどころ長さが違うのは、藍里の能力の奔流に飲まれたせいか。
 竜城が朱里の濡れた瞳に視線を合わせる。

「……逃げないって、決めたんだ。俺も、藍里も」

 竜城の手が、髪から滑り落ちて、頬に触れていった。
 今までにない触れ方に、竜城の朱里を見る優しい瞳に、朱里は戸惑う。

「だから、朱里。お前も……逃げないでくれ。俺から。……藍里から」
「に、逃げてなんか」
「逃げてただろ。……俺達に何も言わないで、勝手に死ぬなんて覚悟しやがって」

 鋭く尖る、竜城の瞳。目を逸らす事さえ許されない……。

「お、怒って、る?」
「すごく」

 簡潔に答えられた言葉が、そのまま怒りを物語っているようで、朱里は何も言えなくなってしまった。
 竜城にぶつけられる怒りは、いつも藍里を傷付けるもの、藍里を怖がらせた為に出てくる怒りで、朱里自身の為に向けられる怒りではなかった。
 だが今、竜城は朱里の選択に怒っている。それが最善だと思っていたからこそ、死を覚悟していたのだけれど。
 どう答えればいいのか困って俯く。目覚める前までなら、きっと毅然と答えられたのに、今は何故か、それが出来ない。
 本音を話す竜城の心に触れたせいか。それとも、朱里自身の中で、何かが吹っ切れたのか。

「……お前、勘違いしてるだろ」
「え?」
「怒ってんのは、朱里に対してじゃなくて、俺自身。お前にあんな選択をさせたのは、……俺だから」
「自惚れないで、竜城のせいであんな選択をした訳じゃないわ」

 そう、竜城のせいではない。死を覚悟したのは、朱里自身が選んだ事だ。
 こんな冷たい言い方しか出来ない朱里に、竜城は柔和に微笑む。

「……もう、そんな尖った言い方するなよ。辛いなら辛いって、言っていいから」
「え……」
「お前の言葉を、これからはちゃんと聞く。聞いて、ちゃんと受け止める」

 他ならぬ竜城から、そんな言葉を貰えるとは思っていなかった。

「二人して逃げてちゃ、いつまで経ってもお前を捕まえらんないからな」

 苦笑いを含んだ声が、優しく耳に届く。慣れない感覚と完全なる不意打ちに、朱里は戸惑いを隠せなくて、それでもその言葉が嬉しくて目頭が熱くなる。
 その戸惑いを知ってか知らずか、竜城がぽん、と肩を撫でた。

「父さん、呼んでくる」

 くるり、と踵を返して病室を出て行く竜城が、ドアを開けた所で振り返った。

「藍里も、な」
「え、待っ……!」

 藍里の名前を聞いた途端、反射的に制止の声が出たけれど、その時には既に、ドアは閉められていた。
 藍里に会うのが怖い。あの空間での映像は偽りではないと知っていても、目を覚ました朱里に向ける、藍里の怯えた瞳を見たくない。
 どうしようと考えあぐねている内に、パタパタと忙しく走る音が聞こえ、近付いてきたと思った次の瞬間、ガラッと勢いよくスライド式のドアが開いた。

「朱里ちゃんっ!!」


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