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オリジナル・二次創作小説や、好きな本の感想を綴るブログです。

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桜涙【14】 名前

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『名前を呼ばれる事が、嬉しいなんて』



 しばらく、互いに無言が続いた。この場の空気にはそぐわない、爽やかな風が二人の間をすり抜けていく。葉擦れの音と、木々のざわめき。穏やかな音色が耳をくすぐる。

「話はそれだけ? なら、私は……え?」

 保健室で藍里を癒す事はもう無理だろう。一度家に戻って、それから帰ってきた藍里を癒すしかない。そう思って教室に鞄を取りに行こうと足を向けた時、茫然と立ちつくす人影に気付いた。

「……藍里」

 たった一人の、大切な妹。朱里のような姉を持ったばかりに、いつも怯えて暮らしてきた少女。素直に泣いて、笑って、怒る事が出来る、朱里とは正反対な、可愛い半身。
 その彼女が、何故、ここに……。

「ほんと、なの……?」

 まだ顔が赤い。先程能力を鎮められなかったから、まだ藍里の体は熱を持っているはずだ。

「藍里!? バカ、保健室で休んでろ!」
「本当なの……? 竜城ちゃ……朱里ちゃんが、私を、殺す……って……?」

 藍里の瞳がどんどん虚ろになっていく。熱のせいなのか、今聞いた言葉が原因か、それは解らないが、このままでは……。
 能力が暴走しかねない。あの日の記憶が蘇り、朱里は慌てて藍里に言葉をかけた。それが逆効果になってしまった事に気付いたのは、声をかけた後だったけれど。

「違う、藍里、私は」
「やだ……やだよ……」

 藍里の髪の毛が、重力に逆らって、ふわりと浮かび上がる。

「だめ、落ち着いて藍里っ……!」
「いや……殺されるのは……死ぬのはいやぁっっ!!」

 駆けだした時には既に遅かった。藍里の全身から、眩い光が放たれる。10年前の、あの日と同じ、白い光の奔流が朱里と竜城に迫ってくる。

「竜城、逃げて、出来るだけ遠くへ、早く!」

 目の前で起こっている光景を見て、驚愕し、立ちつくしたままの竜城に、朱里は切羽詰まった声を投げかける。

「逃げろって……なんで、藍里がこんな……」

 白い光は渦を巻き、その中心に蹲る藍里の姿が見える。能力の奔流が、桜の木をなぎ倒し、塀や校舎の壁に亀裂を作る。
 局地的に竜巻が来たかのように、その場はみるみるうちに無惨な光景となっていく。
 余程の事では倒れない木々や、固い塀にまで亀裂を作る能力の渦は、微かに触れただけですぐさま柔肌を切り刻むだろう。それでも。
 この中心に藍里がいる。空気を求めて、喘いでいる。きっと、今まで知らなかった自分の能力に、怯えてる。
 彼女を助けられるのは、朱里だけ────。
 決意を宿した瞳を真っ直ぐに藍里に向けて、朱里は歩き出した。

「どこ行く気だよ!?」
「あの子の所よ。止めなければ……酸欠になって、死んでしまう……!」

 竜巻の中心は、真空とまではいかないが、気圧が極端に低くなる。自分で息を止めるのにも限界があるし、酸素を取り込めなければ心臓や肺にも負担がかかるはずだ。

「どういう事だよ? 10年前、俺達に怪我させたのはお前じゃなかったのか!?」

 竜城の問いに、朱里は言葉では答えなかった。ただじっと、竜城を見つめるだけ……それが答えだ。
 今まで誤解していた事に気付いたのだろう、竜城の瞳が後悔の色で一杯になる。

「……大丈夫」

 いつもの無表情のまま、けれど、声だけは小さな子供を安心させる、母のような柔らかさを宿して、朱里は告げた。

「守るから……。あなたも、あなたの大切な藍里も」

 朱里の能力だけで、この暴走を止められるとは思えない。上手くいくという保証もないし、実際どれだけの能力が藍里の内にあるのか、朱里にだって解らない。
 この能力を止められたなら、きっとその時が朱里の最期となるだろう。
 本当は一人でひっそりと、誰にも知られずに死んでいけるなら、その方が良かった。でもこの状況では、ここで死んでしまう可能性の方が高い。
 もしかしたら、竜城や藍里に、要らぬ気を遣わせてしまうかも知れないが。
 だけどきっと、あの日のように、2人は記憶をすり替えてくれる。
 全ての元凶は朱里だったのだと、そう思い込んでくれる事を、祈っている。

「竜城……。藍里の事、守ってね。ずっと……」

 二人が無事ならそれでいい。そういう意味を込めて告げた言葉に、竜城は別の言葉を投げかけてきた。

「待てよ、お前は……」
「え?」
「お前は、……どうなる」

 疑問符の付かない問いかけは、朧気ながらも答えを知っているのだろう。
 言葉では何も、答えない。……答えられない。

「……朱里っ……!」

 何年ぶりかに呼ばれた名前。あの日から、決して呼ばれる事の無かった、化け物以外の呼び名。
 ……嬉しかった。泣きたくなる程に。
 今この場で、彼が朱里の安否を気遣ってくれた事が、とても、とても嬉しかった。

「……さよなら、竜城」

 別れの言葉だけを残して、躊躇う事無く歩き出す。振り返れば、今更ながらに生きる事を選択してしまいそうで、……怖かった。

「やめろ、朱里!」

 遠くから聞こえた、一海の声にも、振り向かずに。
 手のひらから生み出した桜色の光を全身に纏わせ、藍里が中心にいる能力の渦の中へと身を任せた。




(な、に……これっ……!?)

 苦しい。風が藍里の周りを取り囲んで、ただでさえ熱のある身体に負担をかけていく。
 なぎ倒されていく木々が見える。ひび割れていく塀と壁が見える。
 10年前のあの日の後、竜城と2人で見に行った、無惨な光景と、今の光景が、重なる。

(朱里ちゃんじゃ……なかったの……っ?)

 保健室で、ザワザワしていた感覚が、今は全く感じない。内から溢れ出ようとしていた物を押し止めていた何かが壊れてしまったかのよう。
 朧気ながらに解る。この風は、藍里が起こしている物だ。どうしてかなんて解らない、今まで、こんな事態に陥った事などない。
 息が、苦しい。このままではいけないと思っていても、この風をどうしたら止められるのか解らない。

(助けて……助けて!)

 誰か、と強く思った時、名を呼ばれた。

「藍里! 藍里、応えて……!」

 彼女の声を聞いた時、ホッとするよりも何よりも、真っ先に浮かび上がったのは恐怖心。
 殺される────!
 そう、思った。


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