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オリジナル・二次創作小説や、好きな本の感想を綴るブログです。

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続・桜涙【2】 驚き

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『じゃ、また明日ね』


 休日だというのにあいにくの雨だったが、国見くにみ凪紗なぎさは天気などお構いなしに外出していた。自宅を改装して喫茶店を経営している両親が、自室でゴロゴロしていた凪紗に買い物を頼んだのだ。
 その外出中、凪紗が彼女を見かけたのは、自宅に向かう途中にある、小さな公園での事だった。

「あれ……仁科、さん……?」

 仁科朱里。中学生の時から、顔だけは知っていた。双子となれば、珍しがる人はまだたくさんいる。だが、もっぱら有名だったのは天真爛漫に笑う妹の方で、姉は物静か……というよりも、まるで空気のような存在だった。
 そんな彼女と、今年初めて同じクラスになったけれど、どう話しかけていいのか解らなかった上に、彼女自身が人との関わりを拒絶しているようで、何となく近付きがたかったのだが。
 今、凪紗の瞳に映る彼女は、とても優しい顔をしていた。
 彼女の目の前にあるのは小さな段ボール。こんな公園に段ボールがある理由は、おそらく、捨て猫か、捨て犬か……。
 そのまま見ていると、不意に彼女の右手が淡く桜色に光った。

(え?)

 だが、その光は段ボールの中に突っ込まれた途端に消えていた。

(……見間違い?)

 何かの光が反射して、そう見えたのかと、こしこしと目を擦ってもう一度見てみたが、彼女の右手は光ってなどいなかった。
 興味と好奇心に後押しされて、凪紗は公園の中へと入り、そっと彼女────仁科朱里の元に歩み寄った。
 朱里の背後から、そっと段ボールの中を覗き込む。そこには、白い子猫が一匹、頼りなさげに鳴いていた。

「可愛いね」

 ぽつり、と呟くと、座り込んでいる朱里の背中がビクッと震えて、振り向いた。

「あ、ごめん。びっくりさせちゃった?」

 慌てて謝ると、朱里は微笑んで小さく首を横に振った。そしてまた、視線を段ボールの子猫に移す。

「……仁科さん、猫、好きなの?」
「好き、とは言えないけど。ちょっと、昔を思い出し……え? どうして、名前……」

 やっぱり解らないか、と凪紗は笑った。高校に入学してまだ一月も経っていない。凪紗でさえ、クラスメート全員の名前を覚えきれていないのに、クラスの中でも一人孤立している朱里が、凪紗の事を知らないのも道理だろう。

「私、同じクラスの国見凪紗。よろしくね?」
「……ごめんなさい、覚えてなくて」

 俯く朱里に、凪紗はまた慌てた。何だかとても、淋しそうに見えたから。

「気にしなくていいよ、私だってクラスのみんなの名前、全部覚えてないんだからっ」

 わざと戯けてみせる凪紗に、朱里はホッとしたように小さな微笑みを返してくれた。

(わ、笑うとかわいーんですけどっ)

 まるで、月見草のよう。月を愛でるように咲く、一輪の白い花。華やかではない、どこか清楚な印象を受ける笑顔だった。

「朱里ちゃーん!」
「悪い朱里、待たせ……あれ、国見?」

 去年、中学三年だった時。竜城とはクラスメイトで、席が隣になった時もあったから、彼も凪紗の事は覚えていてくれたらしい。

「池上くん。それに……」

 もう一人の仁科さん、と言いかけたその前に、朱里が彼女の名を呼んだ。

「藍里、肩濡れてる。ちゃんと傘差さないと」
「大丈夫だよ。もう、熱を出す理由はなくなったんだもん」

 そう、彼女は体が弱かった。年に何度も熱を出して、倒れて、保健室に運ばれていた。

「国見、こんな所で何してんだ?」
「ん? 買い物が終わって帰るトコ。そしたら、仁科さんを見かけて」
「わぁっ。見てみて竜城ちゃん、子猫だよ!」

 いつの間にか段ボールに駆け寄った藍里が声を上げた。

「子猫? ……そっか」

 ふっ、と竜城の表情が柔らかくなる。だが何故か、凪紗はその光景に違和感を覚えた。
 朱里に向かって微笑む竜城。その仕草が、何か、おかしいような気がして……。

(ああ、そうか)

 今まで、藍里の傍でしか見た事がなかった笑顔を、朱里にも向けているからだ。記憶の中の竜城は、ずっと藍里の傍にいて、朱里の事など見向きもしなかったのに。

「ほっとけなかった? 朱里」
「うん……」

 何か共通する思い出でもあるのだろうか。言葉少なに会話をする竜城と朱里が、何やら思案し始める。

「……家に連れて帰れないわよね……」
「だよねぇ。お父さん、猫嫌いだし」

 みゃっ、と鳴く白い子猫は、差し出した朱里の指先をペロペロと舐めた。

「どうすれば……」

 可愛いのになぁ、と藍里が落胆の声を出す。竜城がうーん、と隣で苦しげに唸る。

「俺、猫飼った事ないからなぁ」

 まだ子猫だから、恐らく相当手がかかるだろう。凪紗が飼ってもいいのだが、一応喫茶店を経営している両親が居る。それを快く思わぬ客も多いだろう。
 友達を当たってみようか? と凪紗が言いかけた時、藍里がにっこりと笑った。

「……連れて帰ろうよ、朱里ちゃん」
「藍里、何言って……」
「お父さんは説得すればいいし、それに……その子、朱里ちゃんがいいみたい」

 白い子猫は、すりすりと鼻先を朱里の掌にすり寄せる。凪紗は知らない事だが、先程の桜色の光は、この子猫の怪我を治す為のものだった。

「大丈夫、もしうちで飼えなかったら、一海お兄ちゃんに頼もうよ」
「何もかも、一海兄さんに頼るのは良くないわよ」

 一海? どこかで聞いた事のある名前だ。でも、それが誰なのかは解らなかった。

「とりあえず、航平の家に連れてこう。こっから近いし、どうせ行くつもりだったんだし」
「え、成海くん?」

 航平の家がこの近所にあるのなら、凪紗が知っていてもいいはずだ。

「ああ、あいつ引っ越したんだよ。おじさんが動物病院開院するからって」

 タイミングいいな、と竜城は笑った。
 朱里がポケットからハンカチを取り出して、子猫の身体をくるんだ。抱き上げて、冷えたその体を温める。

「行こう。……で、どう行きゃいいんだ?」

 竜城が手にした地図を、縦に横にと方向を変えている。その様子を見かねた凪紗が、案内役を買って出たのは言うまでもない。

*****

「まさか、子猫が引越祝いだとは思わなかったぜ」

 新築の匂いが残る、航平の家のリビング。獣医の診察を受け、今はタオルケットにくるまってすやすやと眠っている白い子猫を見ながら、航平は笑った。
 買い物袋を自宅に届けたついでに、凪紗が母親に詰めて貰ったショートケーキも、あっという間に航平のお腹の中に収まっている。

「しかも、珍しい組み合わせだし。どういう心境の変化だよ、竜城?」
「は?」
「仁科姉を連れてくるなんてさ」

 普段竜城達と付き合いのない凪紗でさえ持った疑問だ、航平がそう思うのも当然だろう。

「ごめんなさい、突然お邪魔して」

 見るからにしゅんと項垂れた朱里に、航平が慌てた。……が、その前に、竜城が言葉を発した。

「そういう言い方しないでくれ、航平。ただでさえ、朱里は人の言葉に敏感なんだから」
「そうそう、朱里ちゃんの事いじめたら、航平くんの事嫌いになるからねっ」

 ……何だかとても珍しい光景を見ているような気がするのは気のせいだろうか。思わず航平と顔を見合わせてしまった凪紗だが、航平の顔も驚愕で彩られている。
 凪紗の記憶では、恐らく航平の記憶もだが、いつも竜城と藍里が2人で居た光景ばかりだった。そこに、朱里が居た事は、今まで一度としてない。
 驚く2人を尻目に、竜城が朱里の顔を覗き込んでいる。

「で、朱里は何でも悪い方に受け取るな?」
「ごめん……」
「じゃないでしょ?」
「えと……ありがとう?」
「ん。良く出来ました」

 にっ、と竜城が朱里に笑いかけると、子供扱いしないでと朱里が口調を尖らせる。しかしその表情はどこか楽しげで。この3人に、一体何が起こったのだろう?
 凪紗は航平に視線で問いかける。だが、航平も首をふるふると横に振った。

 今までの寡黙だった朱里の印象が、ガラリと変わったように思う。彼女の纏う雰囲気がとても、柔らかくなった。
 話した事はなかった。ずっと、彼女の内面を知らずにいた。
 子猫を見捨てられなかった朱里。竜城と藍里の傍で、どこか楽しげな朱里。
 学校にいる時よりもずっと、生き生きしている。
 寡黙で、冷たくて、暗くて。それが朱里の学校での印象だった。
 凪紗は、朱里の事を誤解していたのかも知れない。受けるイメージだけに囚われて。

「あー……おい。そこの3人。ってか竜城。説明しろっ」
「仲直りしたのっ。それだけだよ~」

 竜城の代わりに、藍里が理由になっているのかいないのか解らない説明を、ものすごく端的に言葉にした。

「ま、そーゆー事だ」
「……訳わからんっつの」

 説明する気があるんだか無いんだかと、航平は既に諦めたように溜め息を吐いた。

「まぁとりあえず、仁科姉は退院出来て良かったな」
「えっ、退院!? って事は、入院してたの!?」

 全然知らなかった。確かにしばらく姿を見ないなぁとは思っていたけれど。まさか、入院していたとは。

「どっか具合悪かったの?」

 凪紗がそう訊ねると、何故か朱里ではなく、藍里の顔が僅かに曇った。朱里はそんな藍里を横目で見た後に、苦笑した。

「ええ、ちょっと無理しすぎたみたいで……。でももう、治ったから」
「ホントにさぁ。俺が仁科妹が倒れたって言った後に、今度は仁科姉だもんな。俺のせいかって疑っちゃったよ」

 航平の、戯けたような声に、藍里の表情がほんの少しだけ明るくなった。そして、それに気付いた朱里も、ふわりと優しく微笑う。

(こんな風にも笑うんだ……)

 たった数時間の間に、朱里の色んな一面を見た気がする。今まで知らなかった事が、とても損をしていたようにも思う。
 そんな些細な発見をして、凪紗は朱里達と共に、航平の家を後にした。
 外は、相変わらずの雨。パタパタと、傘に雨が落ちる音を聞きながら、凪紗は朱里に話しかけた。

「ね、仁科さん」
「はい」
「なぁに?」
「あ、えっと、お姉さんの方なんだけど」

 凪紗にとって、今まで朱里とも、藍里とも接点がなかったから、呼び方が解らなかった。だが、よく考えれば2人は双子なのだから、名字だけを呼んだら2人とも返事をするのは当然だった。

「朱里、です」

 どうしようかと悩んでいた時に、不意に静かに名前が告げられた。

「え?」
「私の名前。朱里、です」

 どうやら、悩んでいたのは下の名前を知らないからだと思ったらしい。さっきから散々竜城や藍里が呼んでいるのだから、知らない訳ではない。でも、朱里本人の口から名前を教えて貰えた事が、何だかとても嬉しかった。

「じゃあ、朱里ちゃん。明日は学校くる?」
「? はい」

 質問の意図が分からないのだろう、朱里が小さく首を傾げた。

「そっか。じゃ、また明日ね」

 凪紗にとっては、いつも友達と言う別れの言葉。しかし朱里は、びっくりしたように目を見開いた。と思ったら、今度はぱちぱちと瞬きをする。

「どうかした?」
「あ……いえ。また、明日」
「うん! あ、子猫の名前決まったら教えてね?」
「ああ、解った」

 何故か固まってしまった朱里の代わりに、竜城が返事をしてくれる。凪紗はバイバイと小さく手を振って、自宅への道を走った。

*****

「何固まってんだ? 朱里」
「また明日、なんて言われた事なかったから……どう答えればいいのか解らなくて」

 退院してきてからと言うもの、今まで朱里の身の回りでは決して起こらなかった事ばかりが次々と溢れ出てきて、対応に戸惑っているというのが、今の朱里の正直な気持ちだった。

「国見は、悪いヤツじゃないよ」

 竜城の言葉に、朱里はまだ、素直に頷く事は出来ない。人の心の裏側を覗き見てしまう朱里にとって、人を信じる事は至難の業だ。

「……少しずつでいいんだよ、朱里ちゃん」
「藍里?」
「少しずつ、みんなと付き合っていこうよ。ね?」

 暗く冷たい闇の中よりも、光の中に在れと竜城と藍里は言う。それがどんなに大変な事か、きっと2人は知らない。
 でも、その大変さも、2人の思いも、どこか温かくて……。
 朱里はそれを、完全に拒む事はしなかった。
 生きる事を選択したのなら、朱里自身も変わらなければならない事を知っているから。

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