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オリジナル・二次創作小説や、好きな本の感想を綴るブログです。

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続・桜涙【1】 幸福な家庭 

桜涙 目次へ 一次創作Index

桜涙の続編。
番外編「春色」の直前のお話、朱里が退院してきて直後です。
【1】とはなっていますが、大体一話完結になると思います。

『……お帰りなさい』


 はらり、はらり。桜の花びらは惜しむ事なく散り、木は葉を生い茂らせて夏を過ごし、秋には葉を落とし、厳しい冬を越え。
 そしてまた、春になれば花を咲かせる。
『来年、また桜が咲いたらさ。……花見、しような』
 彼の言葉が、交わした未来の約束が。まるで小さな灯りのように、彼女の心に宿る。
 一歩、歩き出す。さあ、ここから始めよう。

*****

 仁科朱里は、ずっと触れる事さえなかった玄関の扉の前にいた。取っ手を握ろうと手を伸ばすけれど、辿り着く前に、ぎゅっと拳を握ってしまった。

(本当に、いいの……?)

 この扉を開けてしまったら、後悔しないだろうか。またこの扉に触れなくなる時が来るのではないか。
 どくん、どくん。緊張しているせいだろう、心臓の音が、耳につく。
 背後には両親も、双子の妹である藍里もいるはずだけれど、彼らは何も言わずに朱里を見守っている。この扉は、朱里自身の手で開けなければならないのを知っているからだろう。
 固く目を閉じて、深呼吸する。

(大丈夫。……大丈夫。私は、孤独ひとりじゃない――――)

 自分にそう言い聞かせて、朱里は目を開けた。もう一度手を伸ばし、取っ手を握る。力を入れて、引く。
 かちゃり、と音がして、玄関のドアは呆気ない程簡単に開いた。

「……お帰りなさい」

 朱里が中途半端に開けた扉を、母の知佳が目一杯に開く。
 小さく微笑みながら告げられた言葉に、朱里は目を瞠った。まるで――――夢を、見ているようで。
 『お帰りなさい』と当たり前に告げられる言葉。二度と、戻らないはずだった光景。
 それが今、目の前に……。
 入るのを躊躇っていると、藍里が先に玄関へと入り込んだ。三和土に上がり込んで、くるりと振り返る。

「お帰りなさい、朱里ちゃん!」

 両手が差し出される。おいで、と誘われるように。背後にいた父が、とん、と背中を押してくれる。
 ……一歩、足を踏み入れて。もう一歩。そして藍里の差し出す手に触れると、すっ、と息を吸い込んで、告げた。

「……ただいま」

 玄関で靴を揃えると、今度は父が朱里の手を取った。

「こっちだ」

 大きな手。この手に引かれたのは、もうずっと、遠い昔の話だったけれど。今でもその手の温もりは変わっていなかった。
 階段を上り、一つ目のドアを通りすぎ、二つ目のドアの前で立ち止まる。かつて朱里の部屋があった場所だ。
 開かれたドアの向こうに、燦々と日差しが降り注いでいる。その光が眩しくて、朱里は目を細めた。

「着替えはクローゼットの中に入ってるわ。着替えたら下りてらっしゃいな、お昼にしましょう。朱里、何食べたい?」
「え?」

 何食べたい? と、急に聞かれても思いつく物がない。今まで聞かれた事のない問いかけに朱里は悩む。と、藍里が片手を上げて主張した。

「私オムライスがいい!」
「……あのなぁ、藍里。今日は朱里の好きな物を」
「私、オムライス好きです」

 父が苦笑しながらも藍里を窘めるが、どうせなら、藍里の好きなものも食べて欲しい。そう思った朱里は、微かに笑って告げた。
 昔はいつも、オムライスが夕食に出ると、藍里と一緒にケチャップで落書きをした覚えがある。いつも綺麗に絵を描くのは藍里の方で、朱里は何故かぐちゃぐちゃで。見かねた藍里が朱里のオムライスを綺麗に彩ってくれていた。
 そんな昔の事を、自分でも良く覚えていたなと思う。

「なら、オムライスにしましょうか」
「やった♪ 朱里ちゃん、ありがとーっ」

 無邪気に笑う藍里と、それに苦笑する朱里という光景に、両親も揃って笑ってくれる。ずっと昔にあった光景そのままを見ているようで、自分がとても幼い子供に戻ったような感覚を覚えた。

 両親が階下へと戻り、藍里は隣にある彼女の部屋へと帰っていく。誰もいなくなった部屋のドアを閉めて、改めて部屋の中を見回す。窓際に置かれたベッドにそっと腰を下ろす。
 以前使っていたよりもふわふわしている感じがするのは、きっと母が天日干ししてくれていたのだろうと思う。
 ベッドから左に視線を向ければ、今まで使っていた机が置かれている。
 ベッドのすぐ側、右手にはクローゼットとチェスト。チェストは今まで使っていた物だけれど、クローゼットは新しい。わざわざ買ったのだろうか? 確か着替えはここに入っていると母が言っていた。

「え……?」

 ドアを開けて、朱里は小さく声を上げた。クローゼットの中に入っていたのは、今まで朱里が買った覚えのない服ばかりだったからだ。それなのに、朱里が今まで着ていたようなデザインの服が多い。母が買ってくれたのだろうが、それにしても数が多すぎる。
 今まであった服はどうしたのだろう? と朱里はクローゼットの隣に置かれたチェストに視線を移した。引き出しを開ければ、今までの朱里の服が、畳んで綺麗に並べられている。

「え、と……」

 どちらを着るべきか。普段通りでいるのなら、今まで着ていた服で充分だし……。
 こんこん、とノックの音がした。思わず「はい」と返事をすると、藍里がひょこっと顔を出した。

「あれ? まだ着替えてなかったの?」
「……これだけあると、どれを着ていいのか解らなくて」

 困ったように嘆息すると、藍里が傍までやって来て、淡い水色のカットソーと、ベージュ色のフレアスカートがかかっているハンガーを取り出す。

「これはね、お母さんと一緒に選んだの」

 次に、桜色のチュニックと、デニムのロングスカートを指差す。

「こっちを選んだのは、お父さん」
「え?」

 父まで選びに行ったというのか。朱里の為の服を。

「もー、二人して譲らなくってね。朱里ちゃんにはこっちだ、違う、こっちの方がいいって大騒ぎ! 結局どっちも似合いそうだから、買ってけば? って私が言って、ようやく終わったんだから」

 面白かったんだよー、と藍里がくすくす笑う。あの両親が、そんな会話を繰り広げていたとは、俄には信じられない。

「で、お父さんとお母さんが、絶対これは買う! って買ってきたのが、これ」

 と、藍里に差し出されたのは、グレーのカーディガン。胸元と袖口に小さくレースが縫いつけられていて、裾がフリルになっている。中に着るタンクトップにも胸元にレースがあしらってあり、スカートはカーキ色のランデムタック。

「どれ着る?」
「……これでいいわ」

 何だか聞いているだけで疲れてしまった。いや、両親の気持ちは大変有り難いのだが……。
 結局朱里が選んだのは、一番最後に藍里が出してきたグレーのカーディガンとカーキ色のロングスカートだった。
 藍里に一度部屋を出て貰い、着替え終われば、サイズはぴったりだった。
 親が選んだ物を着ている自分が、何だかとてもくすぐったくて、嬉しかった。
 ドアを開けて部屋を出ると、藍里が寄りかかっていた壁から体を離し、「うん」と頷いた。

「朱里ちゃん、似合ってる。可愛い!」
「か……?」

 可愛い、などと言われたことがないから、朱里は一瞬固まってしまった。

「行こ!」

 くるり、とふわふわの髪を翻しながら、藍里が先を歩く。その後を、はき慣れないスカートの裾を踏まないように気を付けながら、そっと階段を下りた。

「見てみて、お父さん! 朱里ちゃん、可愛いでしょ?」

 リビングに辿り着き、藍里が父に声をかける。新聞から顔を上げた彼は満足そうに頷いた。

「買ってきて良かった。なぁ? 知佳」
「ほんと。似合ってるわよ、朱里」
「あ、ありがとう……ございます……」

 ぺこり、と頭を下げる朱里に、両親は何故か少しだけ、淋しそうな顔をした。だが、それを聞くことは出来なかった。
 また、拒絶されてしまうのが怖かった。藍里に促されるまま、ソファに座る。

「朱里ちゃん、お茶飲も~。コーヒー? 紅茶? それとも日本茶?」
「あ……何でもいい」

 どれも飲めないという事はない。コーヒーだけは、余り濃いと飲めないが。
 トントンと、リビングに隣接するキッチンから、包丁の音が聞こえる。いつの間にやら、母はキッチンに移動していたらしい。藍里は手伝いに行く様子はないし、このままここでお茶を飲んでいるのも何だか居心地が悪い。出来る事があるなら……と、朱里はソファから立ち上がった。

「朱里ちゃん?」

 藍里の呼びかけには答えずに、キッチンへと歩いていく。オムライスは、材料を細かく切る為に、結構労力がいる。それでも母は、リズム良くタマネギを刻んでいる。

「あの」

 トン、と包丁の音が止まった。振り返る母に、朱里はゆっくり、躊躇いながら、言葉を紡いだ。

「どうしたの? 朱里」
「あの、……手伝う事、ありますか……?」

 今まで独りで暮らしていたから、一通りのことは出来ると思う。手伝えるなんて思うのもおこがましいかも知れない。それでも、ただのんびりリビングで待つことは出来なくて。
 母の返答を、朱里はジッと待った。
 傍に来るなと言われるかも知れない、手伝いなど要らないと言われるかも知れない、あらゆる可能性が頭の中を駆けめぐる。

「手伝ってくれるの!?」

 藍里のような、明るい、弾む声に、朱里は驚いて顔を上げた。

「じゃあ、鶏肉切ってくれる?」

 いそいそと小さなまな板と包丁を取り出しながら、母は楽しそうに笑う。思いがけない反応に、朱里は茫然とした。

「……朱里?」
「え。あ……えっと」
「疲れてるなら、無理しなくていいわよ?」

 心配げに顔を覗き込んでくる母に、朱里は微かに微笑んで、小さく首を横に振った。

「何かしてないと、落ち着かなくて」

 今までは、自分の好きな時に勝手にご飯を作って食べていれば良かったが、誰かに料理を作ってもらうことがなかっただけに、ただ座っているだけなのは落ち着かなかった。
 朱里の言葉に、母は「そう」と優しく微笑んだだけだった。母のすぐ隣、空いている場所に移動して、鶏肉を小さく切り始める。

「朱里は、……料理、誰かに教わったの?」
「……小さい頃、京佳おばさんに教えてもらいました。簡単なものだったけれど……あとは、図書館の本とか、家庭科の教科書です」
「……そう。姉さんの方が、あなたの本当の母親みたいね」

 くすくす、と笑う母の言葉に、朱里はビクリと肩を震わせた。無意識に、体に力が入る。
 ……要らないと言われるのが、怖かった。

「……でも、渡さないわ」
「え……?」
「あなたを産んだのは私だもの。私があなたの母親だもの。今までが今までだから、すぐに家族になれるとは思ってないけれど」

 自分より少しだけ高い位置にある、黒い瞳に朱里が映る。

「……ありがとう、朱里。私達の所に帰ってきてくれて」
「……違い、ます……。私の、帰る場所は……、ここしか、なかっ……」

 そう、ここしかなかったから。朱里が帰れる場所は、この家だけだったから。

「そうよ。ここがあなたの帰る場所。だから、何処に行っても……必ず帰ってきてね?」

 約束よ、と母の小指が朱里の目の前に差し出される。朱里は躊躇いながら、おずおずと小指を絡めた。
 と、突然その小指に別の細い指が加わった。

「大丈夫だよ、私が何処にも行かせないからっ!」

 母の背後から手を伸ばした細い指は藍里のもので。

「そうだな。頼むぞ藍里」

 朱里の背後から伸びて、女三人の小指を丸ごと包んだのは父の小指だった。

「で、まだ出来ないのー? お腹空いたよ~」
「そう思うなら手伝いなさい、藍里」
「指切ってもいいならやるよ~?」
「指切って、って……え?」
「朱里、藍里には絶対包丁持たせちゃダメよ、それ冗談じゃないから」
「え? え、だって……」
「比喩じゃないわよ? 藍里の指、傷跡残ってるもの」
「うん、ほら」

 ばっ、と目の前で指先を広げられて、まじまじとよく見れば、確かに左指にたくさんの小さな傷跡がある。

「キャベツの千切りしてた時に切ったのとー、カボチャを無茶して切ったのとー、それから」

 まだまだ出てきそうな藍里の失敗談に、朱里は頭を抱えそうになった。確かに朱里も、包丁を持ち始めた頃は散々怪我をしたけれど、どれも傷跡が残る程大げさな物ではなかった。
 もしその時、朱里が傍にいられたら……その場で傷跡もなく治してあげられたのに。
 そう思うと同時に、それではいけない事も解っている。人は、痛みを覚えて成長していくものだから。

「なのにどうしてお菓子は作れるのかしらねー?」
「そういえば……竜城に良くあげてたわよね?」
「……お菓子作りは滅多に包丁使わないもん」

 なるほど、と朱里は妙に納得してしまった。拗ねる藍里に、どう声をかけていいのか解らずにいると、両親はくすくすと笑った。

「まぁでも、藍里の作るお菓子は美味しいぞ?」
「そうそう、マフィンとかね」
「今度作ったら、朱里ちゃんも食べてねっ」

 機嫌が直ったのか、笑顔になった藍里に言われて、朱里は「うん」と小さく笑った。

*****

「……朱里ちゃん?」

 昼ご飯も食べて、しばらくリビングで談笑して。朱里は初めて聞く色んな事に、柔らかく相づちを打ってくれていたのだが、いつの間にかこっくりこっくりと船を漕いでいた。

「疲れたんでしょう。退院してきたばかりだもの」
「だな。……よ……っと」

 彼女に触れる時、父はほんの少しだけ躊躇した。だが、すぐに朱里の身体を抱き上げて、母と一緒に座っていたソファにその身体を横たえる。

「……いつの間にか、大きくなっちゃったなぁ」
「そりゃ、双子だもん」

 藍里が成長した分だけ、朱里だって成長しているのだ。流れた時間の大きさに、両親はそっと息を吐く。

「いつになったら、お母さんって呼んで貰えるかしら」

 朱里は目が覚めてから一度も、両親を「お父さん」「お母さん」と呼んでいない。
 今さら、朱里にそう呼んで貰う資格があるとは、思わないけれど。

「急ぐ事はないさ、ゆっくりやっていけばいい」

 ゆっくり、ゆっくり、出来る事からやっていけばいい。朱里との接し方とて、まだまだ手探り状態なのだから。
 幸福な家庭という枠の中に、朱里が溶け込むのは、もう少し先の事……。


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