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オリジナル・二次創作小説や、好きな本の感想を綴るブログです。

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夜明けの光【6】 夜明けの光

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『長い、長い夜が、ようやっと明ける時が、来た』



「そこをどけ、女」
「嫌です」

 毅然とした態度で彼女は告げる。いつも柔らかな瞳は、今は厳しく兵士を睨み付けて。レサリーアを危険な目に遭わせまいと、フレイルは掠れた声で彼女の名を呼ぶ。

「下がれ、レサリーア……!」
「嫌です、と申し上げました」

 けれどレサリーアは、フレイルを見ることなく、隊長らしき男を見据えたままだ。まるで目を逸らした方が負けだとでもいうかのように。

「犯罪者を庇えば、お前も同罪と見做すぞ、いいか!」

 銀鎗の切っ先が、レサリーアに向けられる。イライラした男の口調は、先程までの丁寧さなど微塵もない。だがそれでも、レサリーアは微動だにしなかった。恐怖など感じていないかのような、静かな声を紡いで。

「……そうなさりたいのなら、どうぞご自由に」
「レサリーア!」

 何を言い出すのだ。彼女を巻き込みたくないから、フレイルは姿を現したのに。

「……既に無いとは言え、私は公爵家の娘です。フレイル様をお守りするのは、私の務め……それに」

 レサリーアがどんな表情をしたのかは解らなかったけれど、兵士達が一瞬怯んだ。

「……私が一般人である限り、あなた達は私を殺せない」

 王宮直属の兵士達には幾多もの規則がある。その内の一つ────。

「剣を持たぬ者────決して傷つける事なかれ。そう、例え罪人であっても」

 だが、隊長らしき男は、ニッ、と勝ち誇った笑顔を浮かべた。

「確かに、そうだ。だがな……」

 レサリーアの喉元に、銀鎗の切っ先が押しつけられる。僅かに皮膚が切れて、小さな赤い玉が浮かび上がった。

「任務の妨害になる場合は、是非を問わない……ってのもあるんだぜ?」
「……都合のいい規則だな」

 フレイルの更に後ろで、セパが嘲笑う。兵士達が、ギッ、とセパを睨み付けるけれど、彼は飄々と笑うのみ。目の前で今、孫娘が血を流しているというのにだ。

「ってわけだ。血まみれになりたくなかったら、そこを退きな、お嬢さん?」
「……嫌です」
「このっ……!!」

 男が槍を振り翳すのを見た瞬間、フレイルは身体の痛みも忘れて起きあがり、レサリーアを腕に抱き寄せる。と、同時に────。

「うっ……!!」

 包帯を巻いた腹の傷の上を、強く殴打されて、フレイルはレサリーアを抱きしめたまま、またもや床に転がった。

「フレイル様っ……!」

 痛みに思わず緩めてしまった腕から、レサリーアが抜け出す。そのまま放っておけばいいものを、彼女はフレイルの身体を、その細い腕で抱きしめた。

「レサリーア……?」
「……これ以上、フレイル様を傷付けるというのなら……私を殺してからにしなさい」
「おや、レサリーア。そこに私が入る余地ぐらい残しておいておくれ」

 ゆっくりとした足取りで、セパが階段を下りてくる。そして、フレイルと、レサリーアの前に、立った。

「お、お祖父様……」
「この老いぼれの命も差し上げましょう。さぁ────」

 ギラギラと輝く銀鎗を前にしても、セパの口調は穏やかなまま。男は醜悪な笑みを浮かべ、無言で槍を上段に構えた。
 たくさんの兵士達が、セパに、レサリーアに、フレイルに、銀鎗を向ける。僅かに身動きをすれば、その切っ先に触れてしまう程に近く。

「ならば、望み通りに!」

 兵士達が槍を振り翳す。身体を突き抜けるであろう痛みを堪えるべく、ぐっ、と瞳を固く閉ざした時────。

「おやめなさいっ!!」

 鋭い声が、教会中に満ちた。フレイルにとっては愛しい、レサリーアとセパにとっては懐かしく、兵士達にとっては敬うべき少女の、声。

「アーシャ……?」
「アーシャ様……っ」
「王女殿下っ?」

 そう、そこには居たのは間違いなく、この国の第一王女、アーシャだった。カツン、とヒールの音が教会の中に響く。

「お、王女、何故、このような所に……!」
「フレイル兄様の手配書は、全て無効となりました。今ここで兄様を殺せば、反逆者として捕らえられるのはあなた方……。それでも、兄様に槍を向けるというのですか」
「なっ……手配書が、無効……!? 何故です、女王はっ……」
「母は既に、女王ではありません。今は……長兄・ティルが王です」

 ああ、ようやく……ようやく、兄が王座についてくれた……。
 フレイルは、そっと安堵の息を吐いた。レサリーアも、顔を綻ばせる。
 長い、長い夜が、ようやっと明ける時が、来た。
 兄が王座につきさえすれば、暗く冷たい圧政に虐げられることなく、民のすべてが作る事が出来る。光溢れる、暖かな王国を。

「母は、離宮に下がられました。精神的疲労が祟り、口さえ聞けぬ女王では、傀儡となりかねませんから」

 精神的疲労? あの義理の母親が? そんな細やかな神経を持っている女(ひと)だったろうか。
 だが、今はそれを問いかける時ではない。アーシャはスッと息を吸って、威厳に満ちた声を発した。

「さあ! 私の話が解ったのなら、兄様に武器を向けるのをおやめなさい!」
「し、しかし……っ。女王の命令で我らは……!」
「ならば、私が命じます。第一王女、アーシャの名に於いて」

 今までのアーシャからは想像も付かない、冷たい瞳が、兵士達を射抜く。
 逡巡は、一瞬だった。かつん、かつん、と槍が次々と下ろされていく。やがて最後の一人さえも槍を下ろし、アーシャの前に膝を突いた。

「即刻王宮に戻り、警備を続けなさい。いいですね?」
「はっ」

 隊長らしき男が、アーシャに向かって敬礼する。

「お、俺はっ……俺の金は!?」
「いいから来い!」

 もう少しで大金に手が届くはずだった小太りの男を、兵士達が連れて行く。
 それを冷ややかに見送った後、それまでの冷たい空気とは一変して、アーシャは鮮やかな微笑みを見せた。
 ガシャガシャと、うるさい金属音が立ち去っていく。セパが、詰めていた息を吐き出したのが解った。

「……ご無理をなさる。さすが御兄妹ですな」
「あら、私は真実を言ったまでです。それより……」

 ちらり、と苦笑しながらアーシャがフレイルに視線を移した。

「いつまで抱き合ってらっしゃるの、兄様?」
「え?」
「あっ……」

 何気なく顔を上げた瞬間、飛び込んできたのはレサリーアの顔。もう少しで、その白い頬に口付けられる程近かった事に、今更ながら慌てた。
 それはレサリーアも同じだったのか、フレイルの身体を抱きしめていた細腕が、そっと解かれた。

「セパ様、レサリーア。改めてお礼を申し上げます」

 アーシャは躊躇なく体を折って、頭を垂れた。

「フレイル兄様を守って下さって、ありがとう……」
「アーシャ、それは俺の台詞だろう」
「あらだって、兄様はレサリーアに見とれてらっしゃるんですもの」
「アーシャ!」
「アーシャ様っ」

 妹にからかわれ、それでも僅かの間見とれてしまっていたのは事実だから、何も言い返せずにフレイルは頭を抱えた。

「それより、アーシャ。どういう事だ? 義母上は……」
「……一時的に、母の声を封じました。命に別状はありません」
「……お前が、やったのか」

 疑問ではなく、半ば確信を得た声に、アーシャがそっと瞳を伏せた。けれど、すぐに、力強い瞳で見返してくる。

「兄様。兄様が私やティル兄様を想って下さっている事は解っています。でも……」

 でも、とアーシャが言い淀む。フレイルはレサリーアの肩を借りて、ゆっくりと立ち上がった。

「アーシャ?」
「私が……私とティル兄様が、フレイル兄様が殺されるのを、平然と見過ごせるとお思いですか? たとえ片親しか血が繋がっていなくとも、兄様は私の兄様です! 助けたいと……そう思っては、いけないのですかっ……!」

 アーシャの瞳が、涙に濡れる。
 フレイルを、殺させない為に。母を殺すことなく、玉座から引きずり下ろして。
 一時的な効果とはいえ、実の母に薬を盛る事に、どれだけの覚悟が必要だっただろう。
 出来れば、アーシャの手を、罪に汚させたくはなかったけれど……。それは、フレイルのエゴでしかない。
 妹の決断を、フレイル自身が否定してしまっては、アーシャの心は後悔でいっぱいになってしまう。
 だからフレイルは、アーシャの頬を流れる涙を、指先でそっと拭った。

「……よくやってくれた。助けてくれてありがとう、アーシャ」
「兄様っ……」

 抱きついてくるアーシャの体を、フレイルは優しく抱きしめた。


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