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オリジナル・二次創作小説や、好きな本の感想を綴るブログです。

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バレンタインSS 想い出と、記憶【後編】

お祝いはチョコケーキ 目次 一次創作Index

お祝いはチョコケーキ 番外編
バレンタインSS


 そして、バレンタイン当日。
 希美は多恵に頼んで、昼休みに伊吹を屋上に呼び出してもらった。希美が呼んでも、もしかしたら来てくれないかも知れない。……それが、怖くて。
 チョコレートを抱えたまま、屋上への階段をパタパタと上る。教科担当で職員室に集めたプリントを持っていったら、遅くなってしまった。

 もう、伊吹は先に行ってしまっているかも知れない。木枯らしが吹くような外であまり待たせてしまったら、ただでさえ悪くなってしまっている希美の印象が更に悪くなってしまいそうだ。
 少し分厚い扉を目の前にして、呼吸を落ち着かせるように深呼吸を一つ。取っ手を握り、ぐっ、と力を入れて。
 ギイ、と重い音と一緒に、冷たい風が希美の顔を撫でて。

「希美?」

 あれ以来聞く事の無かった声が、躊躇いもなく自分の名前を呼んでくれた。
 ただ、それだけ────それだけのことで、どうして泣きそうになるんだろう。

「……懐かしい顔してる」
「え……?」
「すっげ不安そうな顔してるのにさ。絶対泣かないって意地張ってた、俺の知ってる希美と同じ顔」

 そう言って微笑う伊吹もまた、幼い頃と同じ顔だった。それを見た瞬間に、希美は不意に気付いた。
 現在いまの伊吹の中に、希美はほんの僅かにしか存在していないかも知れないけれど。過去の伊吹の傍にいたのは、間違いなく自分で、同じ『思い出』を彼も持っていて。
 忘れていない。伊吹の中にも希美がいる。全部が全部、里沙に奪われた訳ではない。
 それに気付いた時、すとん、と希美の心に何かが落ちた。
 そして何気なく、本当に何気なく。自然と、微笑みが浮かんで。

「いっちゃん、大好きだよ」

 素直だった子供の頃と同じ口調で告げると。僅かに驚いた伊吹の顔が、ふわりと解けた。

「……俺も。今の希美の方が好きだよ。あ、でも恋愛の『好き』じゃないけどな」
「えー。そこは嘘でも言うところじゃないの?」
「それは駄目。里沙泣かしたくないし」
「……いっちゃんを好きだって言ってる私の前で惚気ないで欲しいんだけどなぁ」
「惚気ろっつーなら惚気てやるぞ?」
「謹んでご遠慮させて頂きます」

 ああ、そうだ。昔はこんな風にじゃれ合っていた。お互いがお互いを大切に想っていて、いつだって笑っていた。

「いっちゃん、これ」

 手にした包みを、両手でそっと差し出す。冷たい風に、カサカサとリボンが音を立てる。

「本当は、本命チョコだったんたけど……今もそうなんだけど、でも……」

 どう言えばいいのか解らなくて、一瞬押し黙る。俯いた視界の中に、伊吹のちょっと汚れた上靴が入ってきた。

「大事な『幼馴染み』でいい?」
「……うん」

 里沙がいる限り、『彼女』にはなれない。多分もう、そんな立場には……彼の隣に立つ事は出来ない。一人の『女の子』としてのチョコレートではなく、『幼馴染み』からのチョコなら受け取る。そう、伊吹は言っているのだ。
 渡す事が出来なくて捨ててしまうよりもずっと良い。笑って頷けば、僅かな重みが両手から消えた。

「……さんきゅ。じゃ、俺行くな?」
「うん。私はもう少しここにいるね。後で多恵、来るって言ってたし」
「ん。じゃーな」

 ひらひら、と振られた手に希美も小さく手を振り返す。
 屋上の扉が開いて、伊吹の背中が遮られていく。
 ……滲む視界には気付かない振りをして、悔しいくらいに晴れた空を見上げた。


【前編】へ← お祝いはチョコケーキ 目次 →おまけ「不安の解消法」
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