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2010.12/11 [Sat]
MIRAGE【5】 ~出立~
MIRAGE 目次 一次創作Index
『自分が何やったか、解ってるよな?』
「……予想はしてたけどさ」
「当たらなくてもいいのになぁ……」
「どーして村を出た途端に魔物が襲って来るのよーっ!?」
翌朝、7名の試験合格者と、ケイト、レトと共にローニャの村を出立した途端。道のあちこちに妙にふらふらしている人間達がいた。いや、人間の形をした魔物・ドッペルゲンガーだ。相手をした人の姿形、能力までも真似る魔物。元の人間 は命からがら逃げ出したか、……恐怖で自ら命を絶ったかのどちらかだろう、おそらく。
「さて。どうするエイド」
「どうするって、正面突破に決まってんだろ」
「それじゃ、行きますか」
この魔物と戦うには、己の力をしっかり把握していなければ勝つ事は難しい。そう判断したエイドは、すぐさま背後にいるはずの母に大声で告げた。
「母さん、こいつら頼む!」
光の巫女であり、王女でもあった母の力は格別に強い。エイドの言葉に反応した母は、自分を中心に7人を守る結界を張ってくれた。
エイド、ディックは銀色の片手剣を、レトは背の高さ程もある大剣を、ランディルは長い槍を構え、それぞれドッペルゲンガーの前に移動した。
自分の姿に魔物が変身していくのを見ていると何だか妙な気分だが、相手が魔物である事には変わりはない。服や装飾品まで真似る芸の細かさに、少々呆れもするが。
「風よ、剣に宿りて地を切り裂けっ!!」
エイドが上にあげた剣を勢いよく振り下ろす。地面は風圧で裂け、魔物の足場をなくす。
ランディルは槍を地面に突き刺し、土を盛り上がらせ魔物を転ばせる。その隙をついて素早く槍を突く。
レトはほぼ一刀両断でドッペルゲンガーを切り裂いている。
一人につき一体。しかし、倒したドッペルゲンガーが応援を呼んだのか、地面から次々に黒い霧が立ち上り、また新たなドッペルゲンガーが現れる。これではきりがない。
「……まどろっこしいな。おいっ、ディック!」
「薙ぎ払うか!?」
「その方が早いだろ! ランディル、父さん、二重結界宜しく!」
相手をしていたドッペルゲンガーを倒し、2人がその場から退いた事を確認した直後、エイドは口早に呪文を唱えた。
「舞い踊りし白き風!」
「熱く猛りし紅き炎!」
同時に、ディックの魔法も完成し、風に煽られた炎は、瞬く間に広がって。しかし、すさまじい炎も風も、半球状に張られた大地と風の二重結界の外には全く影響を及ぼさない。
結界の中で燃え続ける魔物達の、悲痛な叫びが聞こえるけれど、エイド達にとっては自分達の身を守る事が最優先だ。
ふ、とディックと一緒に詰めていた息を吐いた時、背後からパミラの緊迫した叫びが聞こえて来た。
「エイド、足元!」
「は? げっ!!」
地面からざわざわと、土で出来た茶色の蔓が何本も伸びてきた。慌てて足をずらすけれど、エイドとディックが逃げるよりも早く、蔓が彼らの足を捉えた。
「固く守りし緑の地!」
「静か流れし青き水!」
びきっ、と砂の地面が固まり、何本もの蔓の動きがぴたりと止まる。そして、固まった地面に向かって膨大な量の水が流れ込もうとする。が、エイドとディックはその蔓に足を取られたままなのだ。
「ちょっ、待てパミラ……っ!」
制止の声は既に遅く、エイドとディックは頭から大量の水を被る羽目になった。
大地は水を吸収するとはいえ、さすがにパミラが唱えた水の魔法は桁違いだったらしく、蔓はボロボロと形を崩していく。おかげで助かったと言えなくもないのだが、エイドは大げさな程に溜息をついて、パミラを睨む。
「……パミラ。ちょっと来い」
「う……」
「自分が何やったか、解ってるよな?」
「ご、ごめんなさいーっ!!」
「何だってお前は後先考えないんだ! 俺とディックだからいいものの、これが他の奴だったら今の魔法で気絶してるぞ!?」
エイドとディックを助けようとした、それは解る。だが、彼女が使ったのは水の魔法でも高位の呪文で、しかも成功率が低いものだった。咄嗟にエイドとディックは自身の魔法力を解放し、彼女の魔法効果を少しだけ削いだから今も意識を保っていられるだけで。
「まあまあ、エイド。とりあえず無事だったんだし」
「ディックはこいつに甘すぎる。あっ、こらパミラ!」
「お? どしたどした」
てててっ、とパミラがディックの背中に隠れる。
「……エイド、怖いんだもん~」
「使いどころを間違えば、お前が危ないんだぞ!?」
「ま、それもあるな。やっぱりちゃんと叱られなさい」
「うぎゃっ、裏切り者ーっ」
ディックがくるりと回転し、背中をエイドに向ける。彼が回転すると同時に、一緒に移動してしまったパミラの首根っこをひっつかむ。
「ちょっとエイド! 私、猫じゃないよっ」
「猫みたいなもんだろが、母さんの結界抜け出しやがって」
そう、ケイトの張った光の結界の中では、どんな魔法も使えないはずだったのだ。騎士隊に入る前の人間に何かあっては困る。母はそれを解っているはずなのだから。
それなのに、パミラが魔法を使えたのはその結界を抜け出したからに他ならない。
「でも、私が叫ばなかったら、エイド、気付かなかったでしょ!?」
「見くびるな。それでも膝に辿り着く前には気付いて、対処出来たっつーの」
両足に絡みつく蔓を剣で切り裂く事は出来なくとも、エイドの風でも、ディックの炎でも、いくらでも倒す事は出来たのだ。その前にランディルとパミラが呪文を唱えただけで。
「そうだな、エイドとディックは仮にも第2騎士隊の人間だ。あの程度の魔物に後れを取る事はまずない」
それまで黙ってエイドとパミラのやり取りを聞いていたランディルが、厳しい口調で妹に告げる。
「で、でも……!」
「パミラ。お前はまだ騎士隊の人間じゃない。今、もしお前に何かあったら、責任は俺やエイド、ディックが被る事になる。それを知っても反論出来るか?」
「それ、は……。……ごめん、なさい……」
エイド達の持つ騎士隊の名と責任の重さを、パミラは理解し切れていない。こんな状態でパミラを騎士隊に入れていいのかと、エイドは少しだけ不安になった。
「ただ、ちゃんと防御結界を張ってたのだけは、偉かったな」
「ホントっ?」
「ああ。だから、これからは無茶は絶対するな。上官の命令はちゃんと聞く事。いいか?」
「うん!」
何だかんだ言って、結局ランディルも妹には甘いなと思う。けれど、彼女がその身に結界を張っていた事に、エイドは気付かなかった。無鉄砲に結界を飛び出してきたと思っていたが、彼女は彼女なりに考えていたらしい。
ならば、エイドが彼女に告げる言葉はただ一つだけだ。
「パミラ」
ランディルに褒められて喜んでいた顔が、一瞬で強張る。そんな義妹に苦笑して、エイドは自分より低い位置にある黒髪を、そっと撫でた。
「助けてくれて、ありがとな?」
不安げにエイドを見上げていた漆黒の瞳が細められ、花が咲くように笑った。
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『自分が何やったか、解ってるよな?』
「……予想はしてたけどさ」
「当たらなくてもいいのになぁ……」
「どーして村を出た途端に魔物が襲って来るのよーっ!?」
翌朝、7名の試験合格者と、ケイト、レトと共にローニャの村を出立した途端。道のあちこちに妙にふらふらしている人間達がいた。いや、人間の形をした魔物・ドッペルゲンガーだ。相手をした人の姿形、能力までも真似る魔物。
「さて。どうするエイド」
「どうするって、正面突破に決まってんだろ」
「それじゃ、行きますか」
この魔物と戦うには、己の力をしっかり把握していなければ勝つ事は難しい。そう判断したエイドは、すぐさま背後にいるはずの母に大声で告げた。
「母さん、こいつら頼む!」
光の巫女であり、王女でもあった母の力は格別に強い。エイドの言葉に反応した母は、自分を中心に7人を守る結界を張ってくれた。
エイド、ディックは銀色の片手剣を、レトは背の高さ程もある大剣を、ランディルは長い槍を構え、それぞれドッペルゲンガーの前に移動した。
自分の姿に魔物が変身していくのを見ていると何だか妙な気分だが、相手が魔物である事には変わりはない。服や装飾品まで真似る芸の細かさに、少々呆れもするが。
「風よ、剣に宿りて地を切り裂けっ!!」
エイドが上にあげた剣を勢いよく振り下ろす。地面は風圧で裂け、魔物の足場をなくす。
ランディルは槍を地面に突き刺し、土を盛り上がらせ魔物を転ばせる。その隙をついて素早く槍を突く。
レトはほぼ一刀両断でドッペルゲンガーを切り裂いている。
一人につき一体。しかし、倒したドッペルゲンガーが応援を呼んだのか、地面から次々に黒い霧が立ち上り、また新たなドッペルゲンガーが現れる。これではきりがない。
「……まどろっこしいな。おいっ、ディック!」
「薙ぎ払うか!?」
「その方が早いだろ! ランディル、父さん、二重結界宜しく!」
相手をしていたドッペルゲンガーを倒し、2人がその場から退いた事を確認した直後、エイドは口早に呪文を唱えた。
「舞い踊りし白き風!」
「熱く猛りし紅き炎!」
同時に、ディックの魔法も完成し、風に煽られた炎は、瞬く間に広がって。しかし、すさまじい炎も風も、半球状に張られた大地と風の二重結界の外には全く影響を及ぼさない。
結界の中で燃え続ける魔物達の、悲痛な叫びが聞こえるけれど、エイド達にとっては自分達の身を守る事が最優先だ。
ふ、とディックと一緒に詰めていた息を吐いた時、背後からパミラの緊迫した叫びが聞こえて来た。
「エイド、足元!」
「は? げっ!!」
地面からざわざわと、土で出来た茶色の蔓が何本も伸びてきた。慌てて足をずらすけれど、エイドとディックが逃げるよりも早く、蔓が彼らの足を捉えた。
「固く守りし緑の地!」
「静か流れし青き水!」
びきっ、と砂の地面が固まり、何本もの蔓の動きがぴたりと止まる。そして、固まった地面に向かって膨大な量の水が流れ込もうとする。が、エイドとディックはその蔓に足を取られたままなのだ。
「ちょっ、待てパミラ……っ!」
制止の声は既に遅く、エイドとディックは頭から大量の水を被る羽目になった。
大地は水を吸収するとはいえ、さすがにパミラが唱えた水の魔法は桁違いだったらしく、蔓はボロボロと形を崩していく。おかげで助かったと言えなくもないのだが、エイドは大げさな程に溜息をついて、パミラを睨む。
「……パミラ。ちょっと来い」
「う……」
「自分が何やったか、解ってるよな?」
「ご、ごめんなさいーっ!!」
「何だってお前は後先考えないんだ! 俺とディックだからいいものの、これが他の奴だったら今の魔法で気絶してるぞ!?」
エイドとディックを助けようとした、それは解る。だが、彼女が使ったのは水の魔法でも高位の呪文で、しかも成功率が低いものだった。咄嗟にエイドとディックは自身の魔法力を解放し、彼女の魔法効果を少しだけ削いだから今も意識を保っていられるだけで。
「まあまあ、エイド。とりあえず無事だったんだし」
「ディックはこいつに甘すぎる。あっ、こらパミラ!」
「お? どしたどした」
てててっ、とパミラがディックの背中に隠れる。
「……エイド、怖いんだもん~」
「使いどころを間違えば、お前が危ないんだぞ!?」
「ま、それもあるな。やっぱりちゃんと叱られなさい」
「うぎゃっ、裏切り者ーっ」
ディックがくるりと回転し、背中をエイドに向ける。彼が回転すると同時に、一緒に移動してしまったパミラの首根っこをひっつかむ。
「ちょっとエイド! 私、猫じゃないよっ」
「猫みたいなもんだろが、母さんの結界抜け出しやがって」
そう、ケイトの張った光の結界の中では、どんな魔法も使えないはずだったのだ。騎士隊に入る前の人間に何かあっては困る。母はそれを解っているはずなのだから。
それなのに、パミラが魔法を使えたのはその結界を抜け出したからに他ならない。
「でも、私が叫ばなかったら、エイド、気付かなかったでしょ!?」
「見くびるな。それでも膝に辿り着く前には気付いて、対処出来たっつーの」
両足に絡みつく蔓を剣で切り裂く事は出来なくとも、エイドの風でも、ディックの炎でも、いくらでも倒す事は出来たのだ。その前にランディルとパミラが呪文を唱えただけで。
「そうだな、エイドとディックは仮にも第2騎士隊の人間だ。あの程度の魔物に後れを取る事はまずない」
それまで黙ってエイドとパミラのやり取りを聞いていたランディルが、厳しい口調で妹に告げる。
「で、でも……!」
「パミラ。お前はまだ騎士隊の人間じゃない。今、もしお前に何かあったら、責任は俺やエイド、ディックが被る事になる。それを知っても反論出来るか?」
「それ、は……。……ごめん、なさい……」
エイド達の持つ騎士隊の名と責任の重さを、パミラは理解し切れていない。こんな状態でパミラを騎士隊に入れていいのかと、エイドは少しだけ不安になった。
「ただ、ちゃんと防御結界を張ってたのだけは、偉かったな」
「ホントっ?」
「ああ。だから、これからは無茶は絶対するな。上官の命令はちゃんと聞く事。いいか?」
「うん!」
何だかんだ言って、結局ランディルも妹には甘いなと思う。けれど、彼女がその身に結界を張っていた事に、エイドは気付かなかった。無鉄砲に結界を飛び出してきたと思っていたが、彼女は彼女なりに考えていたらしい。
ならば、エイドが彼女に告げる言葉はただ一つだけだ。
「パミラ」
ランディルに褒められて喜んでいた顔が、一瞬で強張る。そんな義妹に苦笑して、エイドは自分より低い位置にある黒髪を、そっと撫でた。
「助けてくれて、ありがとな?」
不安げにエイドを見上げていた漆黒の瞳が細められ、花が咲くように笑った。
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