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桜涙【30】 桜涙 (最終話)

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『花が散っても、桜は生き続けてる』



 朱里はすっかり花が散って、葉桜となった木の下にいた。藍里が持ってきた、およそ自分には似合わないと思われる、桜色のワンピースを着て。
 藍里の能力の奔流に巻き込まれた後、長さがバラバラになってしまった髪は、今は肩より少し長いくらいで切り揃えられて、そよ風に流されている。

「こんなトコにいたのか。探したぞ」
「あ……ごめんなさい」

 竜城の声に振り向く。意識が戻ってからもずっと、竜城と藍里は毎日病室を訪れてくれた。
 朱里は、今日退院する。自らの治癒能力も手伝って、普通よりも早く退院することとなったのだ。あと一日二日は、家で様子を見ていろと、医師には言われたが。

「すっかり散ったな、桜」

 朱里の横に立って、竜城も一緒に桜の木を見上げる。背の高いこの木は、どれだけの年月を生きてきたのだろう。この病院で、どれだけの人の生死を見てきたのだろう。

「なぁ、……朱里」
「はい?」

 あの日から、何度も何度も呼ばれて、ようやく「朱里」と呼ばれることに慣れて来た。躊躇うことなく、静かに訊ね返す。

「何で、泣いてたんだ?」
「え?」
「ここの桜がまだ咲いてた時、泣いてただろ? お前」

 言われて、あの時のことだと思った。桜と同じ、命が散ることを知った時の事。

「このまま、何の治療もせずにいれば……安息を手に入れられると思ったから」

 そう、あの時は本当にそう思った。だがその一方で、命への執着もあったのだろう。死を怖れる、ごく普通の想いが。

「桜は、散ってもまた花を咲かせることが出来るけど、私は、散っていくだけだと思ったの」

 命を重ねていたのだ。桜が全て散った時が、朱里の命が散る時かも知れないと。
 そんな物語を、いつか読んだような気がする。それは桜ではなくて、蔦だった。蔦が全て落ちてしまえば、自分の命も終わると覚悟していた女性がいた。だがいつまで経っても、最後の一枚だけは落ちることが無く。
 それは、壁に描かれた蔦だった。その蔦を描いた画家は亡くなってしまったけれど、女性の命を助けてくれた、という話だ。

「私にとっての画家は、藍里だったみたいね」

 命を繋ぎ止めてくれた存在。それは、藍里だ。そして……。

「? 何の話だ?」

 朱里の呟きに、竜城は怪訝な顔をする。朱里は小さく笑った後、生い茂る葉桜を見上げた。
 竜城も、朱里を連れ戻してくれた。誰よりも守りたかった2人に、名前を呼んで貰えたことが、どれだけ嬉しかったか────……。

「桜は散っても、生き続けてるんだぞ」

 隣で、ポツリと呟くように竜城が告げた。そよそよと流れる風に攫われてしまいそうな声。

「夏も、秋も、冬も、生き続けて、春に花を咲かせるんだろ」
「? うん」

 それは、当然のことだ。桜が咲くのは春だけ。竜城の言葉の意図が読み取れなくて首を傾げると、竜城は笑った。

「だから、お前はこれからもずっと生きてかなきゃなんないって事」

 花は散っても、また花を咲かせる為の準備期間。その間だって、桜の木はちゃんと生きている。そして春になり、また花を咲かせ、やがて散るのだろう。
 はらはらと、雪のように、涙のように。静かに、音もなく降り続けて。

「来年、また桜が咲いたらさ」

 葉桜を見上げていた竜城の瞳が、朱里を見つめる。人と視線を合わせずに生きてきた朱里にとって、誰かの瞳に自分が映る感覚は、とても不思議な物だった。

「花見、しような」

 来年の約束。それは、朱里が生きていてもいいのだという証……?
 目頭が熱くなる。このところ泣いてばかりいるような気がするけれど、嬉しいのだから仕方がない。

「……泣くな」

 ぽん、とあやすように頭を撫でられる。そんなことをされたら、ますます涙が止まらなくなる。

「ったく……」

 呟きが聞こえたかと思うと、竜城の右腕が朱里の頭を抱え込んだ。とん、と肩口に頭を引き寄せられる。耳に、竜城の吐息が触れる。

「……竜城……?」
「お前の泣き顔、見たくねぇんだよ」

 回された腕が、きゅっと力を加えた。けれど朱里は、両手でそっと竜城の胸を押して彼から離れた。

「だめ。竜城が抱きしめていいのは、藍里だけでしょ?」

 目覚めた時、朱里を抱きしめてくれただけでいい。朱里には絶対に許されない場所だと思っていた、藍里だけの場所。一時でも、それを与えてくれたから。

「あのな。別に俺と藍……」
「あーっ、朱里ちゃんいたーっ」

 明るい、元気な藍里の声に、竜城の言葉は遮られた。

「竜城、何を言いかけたの?」
「だから……あー……まぁいいか」
「そう?」

 何故か肩を落とす竜城に背を向けて、朱里は、弾むように駆けてくる藍里に笑いかけた。

「もう、お父さんもお母さんも待ってるのに。病室にいないんだもん」
「ごめんね」

 遠くに、両親の姿が見える。朱里の姿を見つけて、笑ってくれる。

「朱里」

 呼ばれて、竜城へ向き直ると。左手が、朱里へと伸びていた。

「……帰ろう」

 竜城と、伸ばされた左手と。交互に見ながら、その手を取っていいのかどうか迷う。
 その迷いを感じ取ったのか、竜城はその左手で、朱里の右手をそっと握った。

「帰ろ、朱里ちゃんっ」

 残った左手に、藍里の右手が絡みつく。
 2人に促され、朱里は歩き出した。自分の家へと帰る為に。
 今度はちゃんと、生きていく為に。



 桜は、散ってしまった花の代わりに、葉擦れの音を響かせて。
 小さくなっていく少女の背中を、見送った──────……。


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  • 2012.05/30 22:42分
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